現実のルールでは測れない

 

宇宙人との出会いは、人間の現実のルールどうりに起きるとは限りません。これはとても重要な点です。よく人間は自分が思い描いた筋書き通りに宇宙人との出会いが起きる事を期待します。ある人が広大な砂漠の真ん中で、夜空を見上げていると、宇宙船が表れて離陸し、中から宇宙人が現れたとしましょう。宇宙人は人間にメッセージを伝えて宇宙船に戻り、空のかなたへ飛び去ります。これはあくまで起こり得る遭遇のシナリオの一つですが、実は多くの地球人が、これと似通ったシナリオを心のどこかに受け入れています。それは地球人の集合意識が現時点で受け入れている「シナリオ」であると同時に、そのシナリオに書かれた遭遇の展開は、地球人が想像できる現実の限界でもあるのです。

実際こうした思い込みは、起こり得る無数の出会いの形を限定します。たとえ宇宙人と出会っても、それが予想した筋書き通りにならないと、その人は自分の体験を否定するでしょう。つまり宇宙人と出会っても、その事実を受け入れられないかもしれません。

ここに宇宙人と出会いを心から望む一人の男性がいます。彼の名前を「ジョー」としましょう。ジョーには宇宙人と出会うための独自の方法があります。それは砂漠で雨ごいの踊りをした後に、二時間逆立ちをすることです。自分の方法に自信があるジョーはあくまでこの方法にこだわります。しかし私たちのような宇宙人からすると、出会うきっかけとなる行為は何でも構いません。あなたの観念体系に照らし合わせて信ずるに足る方法なら何でもよいのです。あなたが、どんな踊りを踊ろうと、発信機からどんな周波数を送ろうと問題ではありません。なぜなら、宇宙人は、特定の機械や儀式ではなく、あくまでも人間の周波数、願望、誠意、進化への情熱に対して反応するからです。人間が、今後も意識という側面を考慮せずに宇宙人と交信するための努力を続けても、永遠に返事は来ません。それは手紙を瓶に入れて、海に流して、返事を待つようなものです。

リサロイヤル・キースプリースト著 「宇宙人遭遇への扉」より

 

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「・・・・・」

「もしかしたら・・・」

「・・・・」

「もしかしたら、あのタンスが宇宙人なの?」

「・・・・・」。